賀茂祭祀

神婚というものから古代の祭祀を考えて見ました。
一つ気が付いたことは、玉依彦、玉依姫という存在である。
特に玉依姫は古代に数人出てきます。

○賀茂別雷神の母                  タマヨリヒメ
○海神の女 豊玉姫の妹 神武天皇の母    タマヨリヒメ
○三輪の大物主神の妻               イクタマヨリヒメ


神に仕える女性(巫女)というイメージも感じます。
しかし、玉依彦に関しては他に例がありません。

賀茂のミアレ祭に、アレオトコ、アレオトメがあります。
これが玉依彦、玉依姫の姿に近いのだろうと思います。
神の降臨、生誕、復活の祭儀がミアレ祭である。

自分はこの形の祭祀が、銅鐸の時代の古代祭祀に一番近いのではないかと
想像しております。そしてその降臨の神とは「雷神」であると。
そして豊穣の為に絶対に必要な「水」「井」の神になり、
収穫物による神への贄、米を炊き、酒を醸し「御酒」を奉げる祭祀。

そして、この男女による祭祀が、重要だったと思います。
カムロギ、カムロミ
イザナギ、イザナミ
古代 神に使える男女の神職が、いつしか神になってしまったのではないか。
卑彌呼と男弟というのも、男女の神職だったと私は思う。

男女はほぼ同等なもので、役割の違いがあるだけのものだったはず。

賀茂祝・斎祝子
天皇・斎院
神に奉仕する内容はかなり違いますが、
この男女の形が、古代祭祀の残存ではないだろうか。



賀茂社説話

朝野群載 巻十二   賀茂祭宣命書様

賀茂祭

天皇が御命に坐、かけまくもかしこき皇太神に申給はく。
太神の助けた給ひ護賜に依て、天皇朝廷は平く大座て
食国の天下、事無有可と為てなむ、常も進る宇都の大幣を、
内蔵頭(若助)位姓名に捧持令て、阿礼乎止己・阿礼乎止女・走馬、進らると申。

某年四月  日中酉日


『本朝月令』  所引「秦氏本系帳」

賀茂乗馬

いろせ、玉依日子は、今の賀茂県主等が遠つ祖なり。
其の祭祀の日、馬に乗ることは、志貴島の宮に御宇しめしし天皇の御世、
天の下国挙りて風吹き雨零りて、百姓含愁へき。
その時、卜部、伊吉の若日子に勅してトへしめたまふに、
乃ちトへて、賀茂の神の祟なりと奏しき。仍りて四月の吉月を撰びて祀るに、
馬は鈴を係け、人は猪の頭を蒙りて、駈馳せて、祭祀を為して、
能くねぎ祀らしめたまひき。因りて五穀成就り、天の下豊平なりき。
馬に乗ること此に始まれり。


賀茂乗馬での馬に鈴をつけて走らす祭事のこの鈴に銅鐸を感じてしまいます。
自分は日本の銅鐸の原型は、馬鐸ではないかと思っています。
かなり形は違っていますが、これが銅鐸祭祀の残存を感じます。